13.原宿~吉原宿

13.原宿(2007.11初旬)

最寄駅はJR原駅。あんまり記憶がない。
この辺はひたすらに一直線だったような気がする。

浅間神社x2、看板
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放水路があるということは昔はよく氾濫でもしてたんだろうか。
しょんべん小僧がなぜか居た。
新田大橋、沼川第二放水路x2、しょんべん小僧?、三社宮、お寺?
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疲労と空腹が限界に達し、途中で見かけたカインズホームへ。
カインズホーム内にあったモスにて昼食。結構人が居て賑わっていた。
フードコートなんてもう何年も利用していなかったので、呼び出し用機械を
初めて見た。ちょっと感動してしまった(w

安コール、カインズホームx2
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どこまでも一直線(´・ω・`)
ダストボックスを思い出させるゴミ捨て場。
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途中で六王子神社というところがあった。
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八王子神社の変形かと思って説明をみるとどうも違うようだ。

400年位前、いけにえの淵で犠牲となる「おあじ」の身の上を悲しんで身を投げた6人の巫女を祀ってある。「おあじ」は鈴川の阿字神社に祀られている。

伝説「三股の伝説」
昔、沼川と和田川と潤井川とが合流し深い淵になっている所を「三股」と呼んでいました。この淵には龍が住んでいて、毎年お祭りをし、少女をいけにえとして捧げるしきたりがありました。今から四百年程前、関東の巫女七人が京都へ向かう途中、このいけにえのクジを引き、一番若い「おあじ」が引き当ててしまいました。仲間の六人は国元へ引き返す途中、柏原あたりにきたとき、悲しみのあまり世をはかなんで浮島沼へ身をなげてしまいました。村人が六人のなきがらを一ヵ所に弔ったのがこの六王子神社だといわれています。おあじは鈴川の阿字神社に祀られています。

いけにえ淵
(略) 
 修法のカで命が助かったおあじは六人のあとを追つて柏原までくると、六人はすでに死んでいることを知りました。おあじは悲しさのあまり柏原沼に身を投げてしまいました。のちに吉原宿のひとはおあじの霊をなぐさめるため、砂山の高台に阿字神社をたて、長く守護神として崇めました。(ふるさとのでんせつ(1)

ロミオとジュリエット的すれ違い。伝わってる話が微妙に違うのが面白い(w


でもなんか今ひとつ合点がいかない。なんで六「王子」なんだべ(´・ω・`)?

wikipedoa「王子神社」。

王子神社(おうじじんじゃ)は、東京都北区にある神社である。旧称王子権現。この一帯の「王子」という地名の由来である(王子神社というのは全国各地にあり、王子神社というだけでは東京の王子神社をさすわけではない)。
(略)
元亨2年(1322年)当地の領主豊島氏が社殿を再興し「若一王子宮」を改めて奉斎、王子神社となる
王子神社

wikipedoa「若一王子」

若一王子(にゃくいちおうじ)は、神仏習合の神である。若王子(にゃくおうじ)ともいう。
熊野三山に祀られる熊野十二所権現は三所権現・五所王子・四所明神に分けられ、若一王子は五所王子の第一位である。
若一王子

wikipedoa「王子」

日本には古来、本宮と呼ばれる神社の主神からその子供の神として分かれでた神格を祀ったり、巫女的な性格をもつ母神とその子神をあわせて祀る信仰があり、これを若宮(わかみや)あるいは御子神(みこがみ)と呼んでいた。のちに仏教と神道の習合が進むと、仏教の神格のひとつで、図像では仏に顧従する児童の姿で表現される「童子」が若宮と習合され、王子と呼ばれた。また、王子をまつる社(やしろ)も王子とよばれることがある。(王子信仰
ただし、王子の地名は「窪んだ土地」を意味する「おほち(おおち、島根県の邑智郡など)」あるいは「あふち(おうち、凹地)」に由来しているものもあるという説もある。それによれば窪地であるから「おおち」と呼ばれた、あるいは高いところから窪んで急に落ち込んだ坂のことを「おおちの坂」と呼んだことからついた地名である。(地名の王子)

而して御子神とは、その神名が示している如く「神々の神子」と云うことであって、古く巫女のことをミコと云うたのも、又此の意味に外ならぬのである。(日本巫女史/第二篇/第三章/第二節

巫女神は御子神に通じ、王子へと変わったんだろうか(´・ω・`)?


「田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける 」
って誰かの和歌があったなぁと思いつつ、結局、田子の浦を見ずに過ぎてしまった。

東田子の浦駅、立圓寺?
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道祖神、常夜燈、広沼橋・昭和放水路
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道標?、道祖神、地図
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昔、沼川から浮島の一帯は沼地で水害と飢饉が酷かったらしい。
天文堀という排水路を作ってその水害を防いだ高橋勇吉という人の碑らしい。
高橋勇吉の天文堀

高橋勇吉の碑、常夜燈
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全く知らなかったけど、富士市は豊富な地下水を利用した製紙業が盛んらしい。

煙突から煙がモクモク。日本製紙かな?
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鳥、大昭和紙工産業社宅横の公園、観音様?
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「シャディは一冊の百貨店~(・∀・)♪」が建物としてあった。
ただの通販会社じゃなかったのかΣ(゚∀゚;)

河合橋、沼川x2
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171号線から139号線に入り、1号線の高架の下辺り。
向こうに見えるバイクに乗った警察官x3

なんかどっかで見たことあるなぁ…などと思いつつ先を急ごうとする。
突如、前方で行く手を遮る3つの影Σ(゚∀゚;)

「ちょっとお話いいかな?(・∀・)∀・)∀・)」

工エエェェ(´д`)ェェエエ工
人生で初めて職務質問を受けた…orz

確かにどでかいリュックをかついで03esのGPSを覗きつつ歩く様は
怪しかったと思うが(w

まあフランクというかフレンドリーというか、一定のラインを
失わない程度の口調での質問で、別段もめることもなく終了。

たまーに密着警察24時とかで紹介される富士市のバイク警察官だな。


東海道で唯一左側に富士山が見える地点・左富士
この旅で富士山がまともに見れた記憶がない(´・ω・`)

こことか平家越えの碑の辺りだったかでしばし休む。
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吉原宿
吉原本町は韓国人が多いのか、やけに韓国料理屋とキムチハウスやらが多い。
韓国人向けの服屋もあったような。

なにやら怪しい建物(*´・ω・)、道x2、看板、吉原本町駅付近?x2
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足がムチャクチャ痛かったので、ガイドブックに載っていた鯛屋旅館に素泊まり。
今から考えてみると飛び込みで旅館に泊まろうとするのは無謀だったなぁ。

飛び込みで泊まった所為か、ちゃんとした部屋じゃなかった感じがした。
部屋の向い?に洗濯機置き場があり、洗濯や人の往来がすごい二号という
部屋だった。隣が一号、その隣が牡丹とあったから、普通は泊めない部屋なの
かもしれない。

階段下にあったサイン?寄せ書きから推測すると、日頃は運動系サークルが
合宿などで利用するところなのかもしれない。
洗濯と人の往来の激しさはそういうことだったのではないかと思う。

宿についてから一時間ほど寝てしまう。19:30ころ起きて、素泊まりなので外へ行く。
もしかしたら宿内の食堂で別料金で食べられたのかな?

が、この商店街にまともというか独り客がふらりと立ち寄るようなチェーン店はない。
韓国焼肉か串焼き、飲屋、キャバ、タクシーである。
店を求めて裏通りにいけば、「おにーさん、おにーさん」と店の中にいたおねーちゃんに
声をかけられる。

そのまま無視して通りを進み、なんとかあったのはセブンイレブン。
それもなにかと思い、もう一度戻るもとくになし。

結局反対側のバスターミナルにあったミスドで飲茶。
黒チャーハンと金胡麻坦々麺?前者はまぁまぁ食べられた。

部屋に戻り風呂。三人ならんで入る感じ。

鯛屋旅館
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寝たり起きたりして朝の五時三〇分くらいに出立。
東海道の旅ということで旅館の人が火打石を打ってくれた。

昼食590 
夕食780
ジュース類430
鯛屋旅館3450

約25km 53370歩?

414-25=389

18360+5250=23610
残り:389km 使ったお金:23610円