ありふれた奇跡 第七話

睡魔に勝てず寝た(´・ω・`)
録画したの観た。

実況なしでぼんやりと観たが、翔太や誠に対する「肯定的な言葉」を聞いてて、
このドラマを好きな人は居るだろうと思った。
それは出演者やキャラやストーリー展開云々で好きだという人の話ではない。
出演者やキャラやストーリーや台詞回しなどの個別要素は好きじゃないけれども、
なぜか毎回視聴し続けているような無意識にこのドラマを好んで選択してる人達のことだ。
この人達はドラマ内で出てくる「肯定的な言葉」に惹きつけられて無意識に
このドラマを選択してるのではないのかなと思った。
人間は作品を「視聴読」する際に、無意識に自らを登場人物に重ね合わせ、
彼らの言行や話の展開によって、過去・現在の心情や悩みを発散軽減してる。
このドラマで言うと「肯定的な言葉」がその発散軽減を特に担ってる。
上述の人達は知らず知らずに癒されて心地よくなる。だからまた観る。
でも何が好きかと問われるとわからない。そんな感じに違いない(`・ω・´)
まあ実際に居るかどうかなんてわからない妄想なんだけどね( ´・ω・)
いずれ調べてより詳しく書きたいのでここでは端折るが「自己愛」「人格障害」の
観点から見るとこのドラマは面白い(w
山田太一はその概念を念頭に置いて書いているわけではないのだろうけれど、
翔太って支配的権威主義的親が君臨する家庭で育てられた、
傷ついた自己愛の持ち主/回避性人格障害辺りに分類される人間のような気がス( ´・ω・)
 加奈の異常性は家庭以外の事件に由来するように思えるけど、その事件を
引き起こすに至った思考パターンはやはり生育過程で形成されたものである。
一見すると四朗(翔太の爺ちゃん)と静江(加奈の婆ちゃん)は良い人に見えるだろうが、
実はこの二人が元凶だと思う。毒親連鎖してる。
最後の方のシーンの「酔っぱらった爺ちゃん-しのぶ」の力関係がそのまま「しのぶ-翔太」の関係に見えた。
シルヴァーナとしのぶの女装癖、加奈と翔太の異常行動も過干渉や強力な支配に
よって生み出された歪みに由来してるのだろうか。
きっと皆の台詞回しがおかしいのもそのせいに違いない(・∀・)
実況したかったシーン
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J( ‘ー`)し「喋りたくなってるのはわかるけど大事なことなら私になんかしゃべっちゃ駄目よ」
「う、うん…」(・ω・` )
→前々回、加奈に物理的に抱きつこうとした誠は
ママに精神的に抱きつこうとして拒絶される。
しかもまた同じ場所で。( ´・ω・)カワイソス
でも「つけとく」って言われて嬉しそうにしてた様子を観ると
彼は徐々に回復してるのか。社会的に。
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J( “‘ω’゙)し「翔太って子…無精子症かもしれない」
→そっちかよΣ(゚∀゚;) 丁度再放送してる(・∀・)フゥフゥ♪を想起するなあ。
・無精子症と書道家との怪しい関係(≒人形作りの師匠との不倫関係)
・秘密で取引しようとする姑(金はせびらないけど加奈への過干渉への黙認を得てる)
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