51.石部宿

51.石部宿 (2007.11下旬)
最寄り駅はガイドブックによれば、JR草津線「石部駅」。
石部に入って細い道、あいも変わらず車は多くうっとうしさはこのうえない。

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ないと思っていたビジネスホテルが三雲に・゚・(つД`)・゚・
草津まで行く必要はなかったのか。
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考えてみると三重県くらいからお地蔵さんをよく見かけるようになった気がする。
荒川に架かる荒川橋?を渡る。
立志神社への道標があった。実際の神社は500mくらい先にあるようだ。
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甲西の方にもホテルあった_| ̄|○
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NTTのなんか、お地蔵さん
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カケルくん(仮名)シリーズのローカルバージョンが(・∀・)
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大沙川隧道
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なんのトンネルかなと思ってぐぐって見ると、天井川のトンネルとある。
天井川ってなんだべ(´・ω・`)?

天井川(てんじょうがわ)とは、砂礫の堆積により川床が周辺の平面地よりも高くなった川である。(天井川

なんかよくわからない…(´・ω・`) さらにぐぐる。
天井川ができるまでの図を見る。なるほど理解した(・∀・)
そんなものがあるんだなぁ。滋賀県以外にも存在するみたいだけども
関西の方が多いのかな?
消え行く天井川(その2)のサイトに水が流れてる写真があった。

スーパーマップルの地図でも確かに川が流れてた(w
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弘法杉
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町指定文化財 弘法杉 昭和52年10月4日指定
旧東海道を横切る大沙川の堤上に、樹高26m、周囲6m、樹令約750年の杉がある。この大杉を古来より弘法杉、または二本杉と人々はよんでいる。伝説によれば、もとは2本あって並立していたが、洪水のために堤防が崩壊して一樹は倒れたといわれている。

昔からこの地方の子どもが左手に箸を持って食事をするものは、この木の枝で箸を作って使用させると自然と右手で食事をするようになるといわれている。そのために、下の方の枝はたいてい切り取られていたと伝えられている。一説によれば弘法大師(空海)がこの地方を通過した時、二本の木を植えたとも、また弘法大師が食事をしたあと杉箸を差しておいたのが芽を出したとの説がある。

その後、大風のために折れて朽ちたので里人が再び植えたが、安永2年(1773)の台風でそのうち1本が倒れたともいわれている。

                                平成6年3月 甲西町教育委員会

今からおよそ千年前のこと、弘法大師さまが大砂(おおすな)川あたりで食事をされたとき、杉のおはしをお忘れになりました。村の人は、そのおはしを弘法大師さまの記念の樹として大切に育てました。そのかいがあって今では大木になり、みんなは、弘法杉と呼ぶようになりました。

その杉のすぐ近くに、足の不自由なおばあちゃんが住んでいました。「どうぞ、この足が楽になりますように。」と、お願いをしながら暮らしていました。

おばあちゃんは、ある夜夢を見ました。
「その足を治すには、近くの弘法杉にお祀りしてある弘法さまにせっせとお参りし、お守りするがよい。」とのお告げがありました。
おばあちゃんは、雨の日も風の日もお供え物を持って、痛い足をひきずってやっとの思いで坂を登ってお参りしていました。そして弘法杉のまわりのそうじをしたり、庵を建てたりして、死ぬまで弘法さまを信じてお参りしました。

今では、毎月二十一日の弘法さんの日には、村のおばあちゃんたちが後を受け継いで、お参りのつどいをしておられます。
                                      (弘法杉とおばあちゃん

この杉自体はどうでもいいけれど、興味深い点は左利きの子の利き手矯正の話である。
他の土地にもこういった伝承はあるのだろうか?

弘法杉をぐぐると、
1. 弘法大師が植えたパターン 
23話 荒木の弘法杉(富山県南砺市)、善光院(広島市佐伯区湯来町)
中山道 摺針峠(彦根市)

2. 箸を忘れていった、突き刺したものが育ったパターン 
その3 飯盛杉(箸立杉)(高尾山)◆ 弘法大師伝説 in 熊野 (和歌山県)

3. 弘法清水
  弘法さんのさかさ杉(嬬恋村)、2・その他の伝説(甲府市愛宕町)さかさ杉(北秋田市)
  水沢の弘法杉(三重県三重郡菰野町)

4.弘法清水系、石芋・粥系の派生?
  ねじり杉(新潟県十日町市)

といった感じで色々と出てくるが利き手矯正の話は無かったような気がする。
そもそも古代における利き手とはどのように認識されどのような言葉で表現されて
いたのかが気になるところである。まあ取り敢えず弘法杉+利き手矯正の伝承は
ここのみのようであるという結論でこれ以上は追求しない。

弘法清水に関してもつつくととんでもないくらいの類話が出てくるだろうから
これ以上はつっつかない(w
「弘法杉とおばあちゃん」もここの土地特有のもののようである。
弘法杉をぐぐっていた時に行き着いた他の方の道中記内に

弘法杉の根元の洞に数個の鶏卵が見えた。この鶏卵が大変な迷惑を近所に与えることは立て札で判ったが、それでも供えるのを止めない信仰とはどういうものであろうか。鶏卵が杉の栄養になるのか、あるいは住み付く蛇などへのお供えなのか、立て札だけでは判らなかった。                             (旧東海道夫婦旅 第33回

というものがあったが、実はこれの絡みだったりするのではないかと思ったがどうだろう。
まあ真相は藪の中だろうから、その追求はおいておくとして、
この昔話のおばあちゃんの足はよくなったんだろうかとふと考えてしまう。
治ったとは特に書いていないし。人の生命や健康に対しての願いや祈りの伝承を聞くと
自分もまたただの人の子なのに物悲しくなってくるのは何故だろう(´・ω・`)


トンネルを越え、先を進む。
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またトンネルがあった(・∀・)
由良谷川隧道
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更に進んでいく。
落合川に架かる落合川橋?を渡って石部宿中心部へ
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ドラ…えもん…だと…( ;・´ω・`)ゴクリッ
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吉姫神社やらお地蔵さんやら
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謎のキャラクターが居たのでぐぐってみたらいしべえどんという
ゆるキャラであることがわかった。
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吉御子神社のバス停辺りで右折。
御高札場やら石部宿 田楽茶屋(無料休憩所)
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ちょっと行って左折
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石部駅前のバス停
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太っちょ中年男性の姿が写りこんでるけど、(゚ε゚)キニシナイ!!
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