狐憑 / 中島敦 他

今回も芥川龍之介が多めかな。
ふと気づいたんだけども、なんでAmazonの芥川龍之介作品の紹介文は皆、"芥川之介"になってるんだろうか(´・ω・`)?


猫の広告文 夏目漱石

『吾輩は猫である』の広告文らしく、数行書いてあるだけだった(ノ∀`)


狐憑 中島敦

"後にギリシア人がスキュティア(スキタイ)人と呼んだ未開の部族のネウリ部落のシャクという青年に色々な霊が憑き、不思議な話を語り出したというお話。"

これは自分達文学作家の性分や人生というものをシャクに投影しているというかシャクを仮借として表現した内容と言っていいのかな? 聞き手だった青年や長老は読者やクレーマーなのかな…

その末路は文字通りか。
徹底的に消費され、飽きられ、そして打ち捨てられる(´・ω・`)

旧字体が多くてしばしばぐぐらんと読めなかったわ(ノ∀`)


あばばばば 芥川龍之介

大正期に活躍した「新思潮派」の作家、芥川竜之介の代表的な短編小説。初出は「中央公論」[1923(大正12)年]。初出時は副題に「―保吉の手帳の一部―」とある。初刊は「黄雀風」[新潮社、1924(大正13)年]で、収録時に副題が削除されている。「保吉」がいつも煙草を買いに行く店で若い女が店番をしている話。いわゆる〈保吉もの〉の作品であるが、同時代評は不評であった。

十円札』の主人公の保吉やんけ(・∀・)

今作でも若干クズっぽいが、比較的読後感は爽やかであったので嫌いではない。つーか"保吉もの"なんていうシリーズがあったんだなw


おぎん 芥川龍之介

大正期に活躍した「新思潮派」の作家、芥川竜之介の短編小説。初出は「中央公論」[1922(大正11)年]。短編集「春服」[春陽堂、1923(大正12)年]に収録。元和もしくは寛永、「天主教」が弾圧されていた頃の「おぎん」という童女の話。「おぎん」は隠れ切支丹の養父から洗礼を受け「まりや」という名を与えられていたが、やがて責め苦を受ける運命になる。

切支丹物。最初の方の筆致からしてそういう落ちなのかと思って読んでいたら違った(ノ∀`) 

えらく釈迦をdisる下りがあって、そこに(ジアン・クラッセ)とあってどういうことかと頭をひねったが、フランスのジェスウイット(ジェスイット(イエズス会の修道士))がこんなこと言ってたよとジアン・クラッセ(ジャン・クラッセ)の『日本教会史』の第2版(翻訳版は『日本西教史』?)に書いてあったということなのかな?

ぱぶちずも=バプテスマ(洗礼)
ぜすす=イエス
さがらめんと=サクラメント(秘跡=キリスト教で、神の恩寵を信徒に与える主要な宗教的儀式。)
べれん=ベツレヘム
なたら=降誕祭クリスマス
はらいそ=天国
いんへるの=地獄

"はらいそ"と"いんへるの"はわかるけど、"なたら"とかはわからんなw
"なたら"と"はらいそ"だけ意味というか括弧書きで"降誕祭"や"天国"という日本語が付加されてたけど、"さがらめんと"と"べれん"もわからんがな(ノ∀`)

まあ"べれん"は地名だから別にわからなくても何となく推測出来るからいいのか。
"ぱぶちずも"や"ぜすす"は文脈等でわかった。

まあ何はともあれ嫌いではない展開であった(・∀・)


或旧友へ送る手記 芥川龍之介

大正期に活躍した「新思潮派」の作家、芥川竜之介の遺書。数年は未公開でとの芥川の意思に反して自殺直後の記者会見で公表され、同時に「東京日日新聞」[1927(昭和2)年]、「東京朝日新聞」[1927(昭和2)年]に掲載された。「芥川龍之介全集」第16巻に収録。有名な「唯ぼんやりした不安」という言葉は、大正文学の終焉との関わりで論じられることが多い。

これ一応遺書なんだね。
自殺の原因は何とも言えないけれども、案外、幼少期の母との別れや養子入りとかも遠因だったのかもねぇ。その辺の生育過程での歪みはその後の心の成長に大きな影響を与える、或る種の方程式というか思考パターンを生み出すから。

それ以外に

1927年(昭和2年)1月、義兄の西川豊(次姉の夫)が放火と保険金詐欺の嫌疑をかけられて鉄道自殺する。このため芥川は、西川の遺した借金や家族の面倒を見なければならなかった。

やら論争やら病気やら色んなことに疲弊した結果、「唯ぼんやりした不安」につながっていったんかねぇ…

これも結構関係しているのかもねぇ。

青山女学院英文科卒の吉田弥生という女性と親しくなり、結婚を考えるが、芥川家の猛反対で断念する。

本質的に自殺願望は、自分の存在が自分の中の取捨選択基準で捨てるべきものと判断された時、つまりは自分には存在価値がないと認識した時、または将来に明るい希望がなく現在よりも悪くなる、つまり生き続けることに価値がないと認識した時に沸き立つものだから、そういうことなんじゃないかなぁ。

手紙の中で色々と否定というか一部否定はしているものの、やっぱりその流れに陥ったのは極一般的な動機の積み重ねに押しつぶされたんじゃないかなぁと思ったり。

乃木希典の自刃(1912)を「前近代的行為」とした芥川龍之介は、その15年後にどんな気持ちで薬を飲んで命を断ったんだろうね? 1912年というと芥川龍之介がまだ20歳の頃か。そう言えばまだ『将軍』って読んでないな。乃木将軍を題材かなんかにした作品らしいが。

まあ自殺する人の気持ちなんて、正確には人の気持ちなんて他人が解るわけもなく、真相は藪の中なんだけども(´・ω・`)


斗南先生 中島敦

一族の変わり者で古風で狷介な伯父に対する甥・三造の心情の変化を描いた作品。
どうも中島敦の実際の伯父・端蔵をモデルにしているらしい。
(第65回 中島敦(なかじまあつし)の小説「斗南(となん)先生」)

作中に"右の一文は、昭和七年の頃、別に創作のつもりではなく、一つの私記として書かれたものである。"なんてあったりして、中島敦の私小説的な作品なんかなと思ったりもしたが、その辺は正直どうでもよく、ただ、或る青年と扱いが難しい伯父の死という物語として読むだけでも十分面白かった(・∀・)