カテゴリー: 漫画

四つ葉のマック 1巻/望月三起也

週に一度巡って来る金曜日、極悪不良少年少女を狩り集める灰色馬車と呼ばれる護送車の如きワゴン車があった。捕獲された不良たちが行き着く先は非行少年艦『海の檻』――。それは出航時の3分の1は更正教育と言う名の訓練と体罰により、その命を海の底へ沈めるという洋上の少年院。

無実の罪で連行された四葉真記ことマックと艦内で交流をしたためたその仲間たちは、残忍な看守(艦守)と反マック派との戦いの中、遂にグループは行動を起こし、銃器を集め艦の乗っ取りを決行する。そんな中この非行艦に隠された真相が炙り出され・・・・ 思いもせぬ国家を相手に死の戦いを余儀なくされる少年たち。生き残ることは出来るのか・・・・

四つ葉のマック

のっけからバイオレンスにつぐバイオレンス((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル
非行少年を収容した船という舞台設定だけでも丼二杯くらいはいけそうなのに、マックの出自に関わる話や船内に現れるヌシやらなにやらと具沢山ぽい内容。

なんで非行少年にあんな訓練を施しているのだろうか?
外人部隊にでも売って外貨でも稼いでいるのだろうか( ・´ω・`)?
続きが気になる。


毎度お馴染みの不良少年回収車でございます(・∀・)
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不良も恐れる灰色ワゴン
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赤玉ってなんだべ(´・ω・`)?
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色男で一見、このキャラが主人公のマックかと思うが、実は違う(ノ∀`)
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非行少年別所…だと…( ;・´ω・`)ゴクリッ
堺雅人のドラマの「ジョーカー」のアレもこの着想の流れなんだろうか。
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なんか山本直樹の堀田の第一巻で似たようなシーンを見た。あれは男が仰向けかw
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ほんわかしていて謎多き少年マック。主人公です。
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侠気溢れる不良・ルル三条。 風邪薬の名前か(´・ω・`)
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何処まで信じて良いのやら、色男不良・竜之介
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この人名乗らずにマックについたからよくわからないw 中国系なのかな?
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"ヌシ"ってなんだべ(´・ω・`)
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なんかキタ━━ヽ(゚∀゚)ノ━━ !!!!! ってバイク乗り?
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全七巻か。いずれ全部読みたい(´・ω・`)

夜明けのマッキー1巻/望月三起也

人気の絶頂にあった婦人科(グラビア)カメラマンであった『麻樹』は、現状ぬるま湯に浸かってる感覚から脱出する事を目的として、内戦の戦火燃えるアフリカの一国に戦場カメラマンとして身を委ねる。
そこには『牙』と名乗る”外人部隊”が展開しており、戦いは悲惨を呈していた。
麻樹のヒューマニズムは、この戦いを世界に告発し、戦争自体を終結させるのだと決意する。

夜明けのマッキー

無料配信で1巻だけ読んだ(・∀・)
なかなか変わった切り口というか、最近ではあんまり見られない系統の漫画だった。
外人部隊ということで新谷かおるの「エリア88」をふと思い出す。
新谷かおるは子供の頃、望月三起也の漫画を愛好していたということなので結構影響していたりするのかなと思ったり。

主人公の麻樹。オサレなイケメンカメラマン(・∀・)
戦場でも青臭すぎて、ちょっと読んでいてイライラするw
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威勢は良いんだけども…
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オリンピックで金メダルを取ったことのある水泳選手でもある小隊長
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手癖の悪いハイエナ
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悪役ポジションで、隊の副官である中尉。
元々そんなに綺麗な顔じゃないよ、中尉(´・ω・`)
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悪い顔やで。
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美しき友情ってやつか…いや、そうなのか(´・ω・`)?
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戦闘シーンとか残虐なシーンが多いので万人向けではないな。
ちなみに上記の公式ファンサイトのエントリはもろにこの後のストーリーやラストを語ってしまっているので見ない方が良いかもしれないw


望月三起也せんせーは永眠なされたということで、何とも非常に残念な気持ちになった俺氏(´・ω・`)

余命告白後のせんせーのインタビュー
漫画『ワイルド7』の望月三起也さん、がん告白 余命半年 「人生の締め切りに『新選組』描く!」

せんせーの漫画は現代のある種洗練されたというか計算されたというか無謬を目指さなければならない状況下で描かれる漫画と比べれば、非常に泥臭く古臭く胡散臭い部分は多々あるが、それは言い換えれば、より原始的、原初に近い、現在の漫画の源流に近いものであった。シンプルであり、より勢いのある、荒削りの熱い漫画であった。

間違いなく現代の漫画の源流の一人であろうせんせーの逝去はただただ残念なことであった。
せんせー、おつかれさまでした(´・ω・`)

モテキ / 久保ミツロウ

モテキ

全4巻。
ドラマの方は終盤以外はとても面白く、いつか読もうと思っていたが、読む機会もなく、その後、映画版の出来の酷さに呆れて、ずっと存在を忘れていた(ノ∀`)

ドラマ版の最後の方の展開って独自なのかと思っていたが、大筋では原作に沿っていたんだな。
まあでもトータルで言うと原作の方が面白かったかな。なんかドラマ版は最後の方が微妙というか、島田が新井浩文とか墨田がリリー・フランキーという駄目配役で合ってなかったから、その辺がないだけでも面白く感じられた。最後の終わり方は良かった。

まあやっぱり漫画版でも土井亜紀だよね(・∀・)

いつかちゃんも悪くはないけど。だがしかし、やっぱり小宮山夏樹は全然来ないなぁ。
なんだろうな。

インタビュー記事かなんかで作者がこういう女性と対戦したことがない人は全然惹かれないであろうみたいなことを言っていたので、まあそういうことなのか。なんかとにかく面倒くさそうな女に思えたw この辺が特に終盤が面白く感じられなかった理由の一つかもしれないw

ドラマ版の林田尚子はなんかよくわからないキャラのように思えたが、「モテキ」よりも前に描かれていた短編「リンダリンダ」(中学時代の幸世と林田が出て来る)を読んでみると「モテキ」内での林田の振る舞いも何となく納得出来る。これがないとなんで林田が幸世に絡んで来るのかがわからない。

自分に自信がないからこそ美人にしか埋められない穴があるんだ.」という言葉が作品内にあって言い得て妙だなとは思ったものの、対談内等でこの言葉に言及してる部分はちょっと違うなと思ったり。

男は自分の劣等感を覆い隠し、自らをより価値ある物へとグレードアップしてくれるであろうピカピカと輝く飾り物としての美人のみを求めるだけではなく、ただただ、ただ単純に「この美人とやりたい」という本能に近い部分でも求めるものであることを久保ミツロウはわかっていない気がした。

所謂ちんぴく現象は女性にはわかりにくいことかもしれない。実際にそういう現象があるか
わからないが、女性で言えば「子宮がうずく」的な感じのもの。

まあモテキというものが実際にあるかないかはおいておいても、異性にしろ、仕事にしろ、「まあ次でいいやぁ(・∀・)」と余裕かまして見逃しというか、相手や職を変えたりしてるといつかは無縁状態になるよねぇ…(ヽ'ω`)

みんな結婚しちゃったり、年齢的にはねられたりで。


もしかしてだけれども映画版モテキって4.5巻のいつかちゃんの話をルミ子(麻生久美子)の話に、土井亜紀の話をみゆき(長澤まさみ)に翻案したんだろうか?

インタビューだったか対談内で麻生久美子の映画の話が出て来たり、林田のモデル(?)が長澤まさみだったからこの二人が起用されたんだろうか?

しかしなんでまぁ映画版はあんな酷い話になっちゃったんだろうな(´・ω・`)


何はともあれ、過去に一度でも色恋沙汰があった人なら(たとえ片想いでも)、十分楽しめるのではなかろうか(・∀・)

NARUTO -ナルト- / 岸本斉史

NARUTO -ナルト-
関係ないけど、世界観って言葉はどうも本来の意味と違うらしいな(´・ω・`)

全72巻読破したってばよ(ヽ'ω`) イヤ、ナガスギダロ

余りにも長過ぎるので、事細かに言及する気は起きないw
「ぼちぼち面白かったよ」というような上から目線の感想なので、きっと世界中のファンから
うずまき螺旋連弾を食らいそうな気がするが、これは変えがたく(`・ω・´)

手放しで面白かったと言えないのは、幾つかどうなんだろうかなぁと思う点があったから。


微妙な点

まず第一はやはりナルトが最初から九尾持ちだったからかなぁ。

物語の根幹であるのでしょうがないんだけれども、「落ちこぼれ」が頑張って云々いう割に九尾のチャクラがなかったらどうしようもないこともあったりで、この辺がちょっとモヤった。

第二は長い

とにかく長い。3つめに挙げる点と絡んで来るが、とにかくキャラクターほぼ全員の見せ場を作る為、白化(或いは行動の擁護)の為にページをさきすぎて読んでてダレた(ヽ'ω`)

ガイ先生のところはちょっと良かったけどw 体術設定をあそこで使ったか。

第三は理想主義過ぎるというか、全てのキャラの罪を浄化する為の二重、三重の話の構造がくどすぎる

全ての始まりであるキャラも自らの信じる善の為に原罪を犯し、その力に取り込まれ、そこから何層もの悪が生まれるというか操られるという構造は最終的に原罪に全ての悪を押し付けられるけど、そこまで全キャラを浄化して救済する必要はないんじゃないかなと思った。

全然違う漫画だから較べるべきではないとは思うが、九尾つながりで「うしおととら」を想起し、紅蓮のような終わり方をするようなドス黒い存在が欲しかった。アレはそれに近いけど、結局原罪以降の存在だからなぁ。あ、暁のアイツとかは浄化されない存在だったかw でもちょっと小者過ぎるw

第四は第三と似てるかもしれないけれども、そんなに話を大きくしなくても良かったんじゃね?という点

原罪はおろか、六道仙人まですらも到達させず、マダラ辺りが白化しないラスボスとして終わっても、それはそれで良かったかなと思った。というかそれ以降は本当にくどいw

話を壮大にし過ぎてしまったために相対的に色々と他の部分が矮小化してしまった気がしないでもない。全ての争いの元は兄弟神の争いに見せかけて原罪だったという点はまあ悪くはないけど…

兄弟神の争いで止めておいても良かったしなぁ…

ちっちゃいところで、シリアスな戦闘シーンに無理にギャグを入れなくてもいいだろってちょっと思った(´・ω・`)

六道仙人もわざと崩したりする必要もない気がした。

あいつもあっさり改心しすぎだろと思ったw
イザナミこええ(・∀・)

あとはこれはこの漫画に限ったことではないが、週刊で読まずに単行本でまとめて読んだので、「この展開…前にも見たような気がする…( ;・´ω・`)ゴクリッ 違うキャラで同じ展開が繰り返されてる!?」

「これはイザナミでも、万華写輪眼でもない。この術は邪吽斧万華眼だヽ(`Д´)ノ」
などと思ったり。やっぱり週刊漫画は週刊で読むべきなのだろうか。
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良かった点

不満点はあるものの、当然良かった点もある。

まあ取り敢えず、ラストバトルは奴とだなというのはほぼ予測出来ていたわけだけれどもアソコのアレをああいう形で使ったのは良かったかな(・∀・)

でもまあ、あのエピソードって結構後で急に入ったような気がしたので、あれはもうちょい早い段階で仕込んだ方が良かったような気がした。

ナルトと父ちゃん母ちゃんとのお話辺りもええ話やった(・∀・)
この話と我愛羅絡みの話でほとんどこの物語の柱の一本は語り尽くされてるような気がする。
それ以降はキャラを替えてその話を繰り返しているように思えた。

俺氏も
「人」というものについて考えてみる-3
銭ゲバ 最終回(2)
辺りで人間の精神の仕組み的なものや人格障害というか歪みというものについて考えたことがあるので、
ナルトや我愛羅を始めとした孤独・他者からの存在価値(愛)の付与なき存在 or 愛するものを奪われる->歪み
という流れが非常にロジカルに描かれている感じがして、今までの漫画にはない印象を受け、新鮮に思えた。

まあ、その半面、それが強く印象付けられた為に、我愛羅以降の物語がやや冗長な繰り返しにも思えてしまったのだけれどもw

ガイ先生とロック・リー絡みも好きだった(・∀・)

穢土転生は漫画内で禁術だったけど、漫画としてもやや禁じ手のような気がしたw
まあそうしないと浄化出来ない人や我愛羅が可哀想というのもあったのかな。
個人的には我愛羅はナルトによって愛を与えられたことによって救われるだけでも良かったような気がするけど。

イルカ先生も良かった。血縁ではない、存在価値を付与してくれる存在。それがナルトを自らの歪み、その根底にある恐怖である無価値観を変え、ナルトもまた存在価値を付与出来る存在、大雑把に言い換えれば人を愛せる人間へと成長させ、それが我愛羅を始めとする他のキャラ達を変えていく流れは非常にロジカルであった。

終盤はほとんどカカシが主人公のように思えた(ノ∀`)
そういえばアイツの名前を逆に読めば正体はすぐ分かったんだなw


尾獣持ち

歪みや人格障害等の見方を延長して考えると、"尾獣持ち"の解釈も出来なくもないなと思った。

歴史上の偉人、天才達は概ね人家障害者乃至強い歪みを持った人達であったと推測する。
特に芸術関連においては。その才能や知能は当然他者よりも秀でていたと思われるが、必ずしも非の打ち所のない完全なものであったとは思いがたい。

彼らはその境遇(家庭環境、"身体"環境)によって自らの"価値"を高く見積もることは出来ず、歪んだ感性と思考ルーチンを備えることによって自らを守ったが、それらは類稀な感性と成り、人とは異なる作品を産み出す素となった。

これに加え脆弱な自己は成長に応じて現れる、自らの"価値"を脅かす者や状態を打倒し打破するために尋常ならざる発想と持続力を発揮する。
(正確に言えば、発揮してその危機をもたらすモノを打倒し打破出来なければ、後に天才と呼ばれることもない。それらは尾獣を制御出来ずに死んでいった人柱力のような者と考える。)

これを漫画に無理に当てはめるとするならば、

  • 孤独な、存在価値を与えられない存在     
    -> ナルトや我愛羅
  • 存在価値の危機を回避する為の尋常ならざる能力、才能
    -> 尾獣のチャクラ
  • 人格障害、歪み                  
    -> 歪んだ思考、心の闇の部分
  • 本当に恐怖するもの
    -> 自らを無価値と思わせるモノ、端的には孤独

みたいな感じで、実際の世界における"尾獣"またはその力とは作品や偉業のような顕現した結果やそれを成し遂げた行動力と考えることも出来なくもないなと思った。
そういう風に考えるとナルトの尾獣持ちもいくらか首肯出来なくもない……か?

でもよくよく考えてみると芸術系の天才とかは死後になって初めて才能を認められた人も多いことを踏まえるとこの牽強付会にはやっぱり無理があるか…(ヽ'ω`)

ナルトや我愛羅が自分の心の闇と向き合った後に心の安定を得るというのは、人格障害や歪みを持った人間が、本当に自分が恐れていたモノ-その多くは自らを無価値と思わせる全てのモノ-を認め、それを恐れていたことを受け入れた時に、良き人格に昇華する、又は少なからず全方位的な無差別な攻撃性が弱まるのと似たような感じはするんだけどねぇ。


ここまでうだうだ書いてきて、良い表現がふと思いついた。

この漫画は良い意味でも悪い意味でも余白がない(´・ω・`)

凄く色々描き込んでいて、理路整然としていたりするんだけども、それがこう、読者の思考というのか推測が入り込む余地が少ないというところが読後の違和感の原因かもしれない。

行間すらも但し書きがぎっちりと込められてるような…
その辺が俺氏的にアレだったんだな。まあでも十分楽しめたからいいんだけども。

作者の岸本斉史は単行本のおまけページで色んな描きたい漫画のネタを書いていたけれど、なんかナルトの続編みたいなの描いてない(´・ω・`)? アニメの方も観てないからよくわからないけど無限月読が発動してどうとかCMしてるし……

どういうことだってばよ…( ;・´ω・`)ゴクリッ